糸井重里さんがツイッターをはじめて2週間で気が付いたこと

シェアする

コピーライターの糸井重里さんが、ほぼ日刊イトイ新聞でツイッターをはじめてみての感想を載せていました。

はじめてからわかったことひとつがある。
「おまえはだれだ?」の答えが、
いちおう見えるということだ。
たとえば、いやな例だけれど、
じぶんの「ツイート」に、
ずいぶん失礼な「ことば」が投げられたとする。

「ばーか。おまえなんか死んでしまえ!」
ま、こんな単純な悪意もそうはないけれどね。
これを読まされたら、
その発言者のホームに行ってみることがすぐにできる。
それがどこのだれなのかわからなくても、
これまでに、どういう発言をしてきたのかの記録が読める。

彼の友人と待ち合わせしているツイート、
他の人に毒づいているツイート、
夜中に落ち込んでいるツイート‥‥。
名前も住所もわからないけれど、
彼がどういうことをまさしく「つぶやいてきた」のかは、
ある程度みえてくるわけだ。
どんなふうな人間が、どういう風の吹き回しかで
「死んでしまえ!」と言ったのだと知ると、
言われたことの腹立たしさが、すうっと薄まる。

暗闇から石を投げたり、刃物を突き出したりする者が、
人間であり、それはそれで生活がある
ということを知れるのは、
ほんとうにありがたいしくみだと思う。

ツイッターというもののしくみは、
参加している人たちの
「環境」どうしをつなげるものらしい。

糸井さんはまだツイッターを使い始めて2週間だそうですが、既にツイッターの本質の一部を突いているのでは!という鋭い指摘でした。ツイッターが荒れにくいと言われているのには、140文字という縛りもありますが、この糸井さんが指摘したような感覚も多分に影響しているのかもしれませんね。


[ ツイッターの初心。 - ほぼ日刊イトイ新聞 ]

blogs.com人気記事

直近の記事

月別アーカイブ

お知らせ/フィード情報

携帯サイト

携帯サイト

スタッフ紹介