「何かを調べて文章を書く」人たち同士の対立
学者とジャーナリストは似ている気がする。どちらも物事を深く調べ、それについて文章を書く。片や論文、片や記事。でも、この両者って、微妙に仲が悪いらしいですよ。
昨年、某学会で某教員がジャーナリスト経験のない学者と学門経験のないジャーナリスト教員の間に「軽い軽蔑がある」と話した。
ジャーナリストで大学院生でもある畑仲哲雄のブログ「論駄な日々」では、研究者とジャーナリストの両方を知る立場から、この件にについて触れています。
ジャーナリストの側には「マスコミなんて学問の対象かよ(実践の対象という意味)」という、どこか見下したような眼差しがあるのである。
一方、生粋の学者・研究者はといえば、元ジャーナリスト教員を(多くの場合)研究者仲間とは思っていない。
ふだんは互いに「やあ、先生」「こんにちは、先生」などと呼び合っていても、元ジャーナリスト教員は「彼は取材の厳しい現場を知らないからダメだ」と陰でののしったり、生粋の学者・研究者は「あのセンセイは学位をお持ちじゃないから」「ただの人寄せパンダだから」と見下したりしている。軽い軽蔑どころか、はげしく憎み合っているケースもあると聞く。
うーん、なんか日本のあちこちでよく見られるような事態ですねぇ。縄張り争いが好きな人たちっていますからね。ですが、すべての人同士が仲良くするのは難しいけど、ジャーナリストと研究者が対立するのは、単にもったいないような気がします。
それに、少なくとも学校という場の目的は忘れないでほしいですね。
「ジャーナリストになりたいと思ってあの先生のゼミに入ったのに、業界がいかにダメか、経営者がいかに無能かを延々聞かされていると、誰だって就職する気がなくなりますよね」「あの先生のマスコミ批判、最初はすごいなあと思っていたんですが、あとで振り返ると、自分がいかに優れたジャーナリストであったかを延々としゃべってるのと同じなんですよね」。・・・・これらは学生や元学生から聞かされた生の声である。一番の被害者は学生であるということをあらためて心に刻んでおきたい。
そうそう、学生は勉強しに来てるんですからね。
[ 軽い軽蔑 - 論駄な日々 ]


















