全身麻痺になったチンパンジーの介護からわかった人だけが持つ可能性とは?

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誰にでも心が沈み込んでしまう時があるものです。それが自分のことならともかく、親しい人間が苦しんでいるのを見るのは、周りの人間にとっても同様です。

人間でなくとも、動物が苦しんでいるのを見るのはどうでしょう。それが自分のペットなら? ペットでなくても、日頃から接している動物なら?

2006年の9月26日の朝、霊長類研究所にいる、当時25歳のチンパンジーのレオが、倒れているのが発見された。脊髄炎を起こし、それ以降、全身が麻痺して寝たきりの状態になってしまった。

人が同様の状態になったら、その苦悩はどれほどのものでしょうか。高い知能を持ち、人間のような心の動きを持つとも言われるチンパンジーの場合は、人の場合とは少し異なるみたいです。

興味深いのは、このときレオがゼンゼンめげなかったことだ。
レオはもともと、いたずらやんちゃな性格で、ちょっとゆだんしていると口に含んだ水をぴゅっと吹きかけたりする。新人の若い学生などには、がーっとすごんで脅かしてみせたりする。それが、闘病中も全く変わらない。
これがもしヒトだったとしたら、希望を失って、死すら望むかも知れない。このまま自分は一生身動きが取れないだろうなどと思い悩んで、絶望の深みにとらわれ、レオのような冗談をやってみせるこころの余裕など、そうそう沸いてこないだろう。
チンパンジーは絶望しない。今ここだけをいきているからだ。

一方、ヒトは、今ここでないところに、こころがとらわれやすい。

進化によって人が獲得した能力と、それゆえの弱さ。それは良い悪いというものではなく、そのようにあるものです。

なにかに感情移入するのは簡単ですが、それはあくまでも外からの想像でしかないのです。だからといって、人のことを考える必要がないなんてわけでもありません。

それは絶望を産み出す原因でもあるけれど、未来への希望や夢を見ることができるということでもある。

未来への希望をいだくとき、そこでは必ず他の人のことも考えているはずです。

ヒトはこの進化によってはぐくまれた非論理性によって、悩み苦しみ、夢を見、今のような文明を築くことができる存在となったのだろう。
今まさに苦しんでいる人には慰めにならないかもしれませんが、きっとそれこそが人間なのかもしれません。


[ ゆめみるヒト - くねくね科学探検日記 ]

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